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短距離選手の前腿は細い方がいい?(ブレーキ筋とアクセル筋の実際)

前腿が細く見える短距離選手

「前腿の筋肉はブレーキ筋だからつける必要はない」ということを聞くことがありませんか?

 

 

確かに脚が速い選手の中には、意外と「前腿」が太くない選手がいたりします。そこでここでは、

 

・短距離選手における前腿の役割
・前腿は鍛えて太くすべきか?

 

これらについて考えていきます。

短距離走での前腿の役割

もしも前腿の筋肉が無かったらどうなるのでしょうか?当然、走ることはできません。立つことすらできないでしょう。

 

前腿と呼ばれるのは「大腿四頭筋」という筋肉で、主に膝を伸ばしたり、股関節を曲げたりする役目があります。

 

 

走る時には、膝を伸ばして地面を押したり、膝が曲がらないように衝撃に耐える、腿を前に引き出すときに欠かせない筋肉です。

 

なので、決して前腿の筋肉は必要ないというわけではないのです。むしろ速く走るためには重要な筋肉だと言えるでしょう。

 

トップスプリンターに前腿が細い選手がいるのはなんで?

ではなぜ、前腿が細くても足が速い選手がいるのでしょう?それは、細くても「短時間+高いスピードでの筋力だけは、高い選手がいる」からです。

 

 

そんなに太くなくても「短時間+高いスピードでの筋力」は高い人がいる

速く走るためには、「短い接地時間+高いスピードでの筋力」が必要です。特に、膝を伸ばす筋肉が主として働くのは、「接地の衝撃に耐える一瞬だけ」なので、とりわけ「短時間+高スピード」で力を発揮できる能力が欠かせません。

 

そして、この「短時間+高スピードの筋力」は「筋肉の太さ・最大筋力」とはあまり強い関係がみられないことがあります。下図のA選手とB選手のように、たとえ筋肉が太くて最大筋力が高くても、「短時間+高スピードの筋力」には優れていない場合があるわけです。

 

 

 

なので、速く走るためには「前腿の筋肉の大きさ」はそこまで関係が強くなく、「短時間+高スピードの筋力」という専門的な筋力の高さが重要だということです。

 

・ウエイトで筋肥大させてもパフォーマンスに繋がらないと感じる人が知るべき筋肉の特性

 

 

前腿が太くないのに「短時間+高いスピードでの筋力」が高い人の特徴は?

当然、高いスピードで走ったり、ジャンプトレーニングをしたりすることで、「短時間+高いスピードでの筋力」は高めることができます。なので、「短時間+高いスピードでの筋力」はトレーニングの賜物だとも言えます。

 

その他に、速筋線維の比率や、膝のモーメントアーム長などの個別性が関係しているとも考えられます。

 

※速筋線維の比率が高い人(この図では総面積)の方が、高いスピードでの筋力は高い傾向がある。速筋線維と遅筋線維の比率は遺伝の影響が強い

 

 

※膝の腱の付着部が、回転の中心から遠くに位置するほど、少ない筋肉の収縮力でも、大きな回転力を生み出すことができる。遺伝なのか、トレーニングでこうなるのかは分からない。

 

このことについてはコチラ

・筋力とスピード、パワーの関係(スピードやパワーの決定要因とトレーニング方法)

 

・膝のお皿が厚いほど足が速い??―膝関節モーメントアーム長と疾走速度の関係―

 

 

強くなる過程で、前腿が太くなることは必要

前腿の中でも、「大腿直筋」は大きさが重要

一方で、同じ前腿の筋肉でも「大きさ」が足の速さと関わるものがあります。それが大腿直筋です。この筋肉は、大腿四頭筋の中で唯一、股関節を曲げる働きがあります。

 

股関節を曲げる筋力が必要なのは、後ろに流れる脚に強いプレーキをかけて引き止めて、前に引き出す曲面です。この時、強いブレーキを掛けなければいけないので、筋肉量の大きさが足の速さと関係しやすいと考えられます。

 

 

実際に、大腿直筋が太いほど、疾走速度が高かったとする報告もみられます(Ema et al.,2018:※35m地点の走速度)。

 

このように、同じ前腿でも、腿を前に勢いよく引き出す「大腿直筋」は、より筋肉の大きさが重要になると言えそうです。

 

・股関節屈曲トレーニングの重要性とその方法(腸腰筋と大腿直筋)

 

・陸上短距離走者における「足の流れ」の原因と改善方法

 

 

股関節の切り返しに関わる筋肉は大きく

大腿直筋と似た働きをする「腸腰筋」も、最大疾走速度と強い関係がみられています(久野ほか,2001)。加えて、股関節を前から後ろに切り返すための「ハムストリング」「内転筋」「大臀筋」などの股関節周りの筋肉は、より筋肉の大きさが、足の速さに関わります(狩野ほか,1997;渡邉ほか,1999)。

 

 

動作を素早く切り返すためには、強いブレーキ力をかけられることが重要なので、ある程度の筋肉の大きさがその能力に関係しやすいというわけです。

 

なので、これら「股間節まわり」の筋肉は、しっかりと筋肥大を目指したトレーニングを積んで、筋力の土台を築いていく必要があります。

 

・スプリント力(足の速さ)と股関節の筋力、筋肉量の関係

 

・スプリント力(足の速さ)と膝まわり(大腿四頭筋・ハムストリング)の筋力、筋肉量の関係

 

 

前腿も太くなって良いけど、腿裏とのバランスが大事

だからと言って、膝を伸ばす腿前の筋肉は鍛えなくて良いというわけではありません。

 

「短時間+高いスピードでの筋力」のポテンシャルを上げるためにも、筋肉が大きいことは重要な要素の一つだからです(下図参照)。

 

 

 

加えて、Nuell et al(2019)の研究では、トップスプリンターが疾走速度を向上させる過程で、ハムストリングや内転筋に10%近く筋肥大が見られたのに加えて、大腿四頭筋にも6%ほどの筋肥大が見られています。これらはスプリントトレーニングを中心にした5か月間で見られた変化ですが、大腿四頭筋の筋肉は増やすべきではないという主張は否定できるものと言えるでしょう。

 

また、大腿四頭筋を太く強くすると言っても、腿裏の筋肉とのバランスは重要です。

 

膝を曲げる筋力に対して伸ばす筋力が大きすぎることは、ハムストリングの肉離れのリスクと関係すると言いますし(Opar et al.,2012)、やはりトップスプリンターでは、ハムストリングや内転筋のサイズが相対的に大きいです。

 

ハムストリングや内転筋、腸腰筋と言った股関節の曲げ伸ばしに関わる筋肉は、筋肉の大きさを重視して鍛えつつ、膝を伸ばす筋肉は、衝撃に瞬間的に耐える+高いスピードでのトレーニング(+ウエイトトレーニング)の過程で、少しずつ太くなっていく…という感じが良いのかもしれません。

 

 

・股関節を切り返す「ハムストリングや内転筋、大臀筋、大腿直筋、腸腰筋」などは、筋肉の大きさがより重要。

⇒もちろんこれらの筋肉も「一瞬+高いスピード」での専門的な筋力を鍛えないとスピードにはつながりにくい。

 

・膝を伸ばす腿前の筋肉は、大きさよりも「一瞬で+高いスピード」での専門的な筋力がより重要。
⇒筋肥大も、専門的な筋力を高める一つの手段になる。

 

・陸上短距離選手におけるハムストリングの肉離れの原因と予防方法(スプリンターと肉離れ)

 

ブレーキ筋・アクセル筋と呼ぶのは良くない

「腿前の筋肉はブレーキ筋、腿裏の筋肉はアクセル筋」だと、一時期よく呼ばれていました。腿前はスピードにブレーキをかける筋肉、腿裏は体を加速させるアクセルだというニュアンスだったと思います。

 

トレーニングについて学んだことがあまりない人にとっては「なるほど!」と腑に落ちてしまいそうな呼称ですが、実際にそのような呼び方はあまり好ましいとは言えません。腿前の筋肉はブレーキ筋だから要らない!という間違った認識を与えてしまいやすいからです。

 

実際に膝を伸ばす前腿の筋肉は、接地で体重をグッと支えてスピードを一瞬殺すブレーキをかけます。ですが、これは速く走るためにも必要な機能です。トップスピードの局面では、逆に一瞬で大きなブレーキをかけられなければ速くは走れないとも言われています(福田と伊藤,2004)。(※ただ、加速局面の後半では、ブレーキが小さい方が加速パフォーマンスに良いとも言われています(Colyer et al.,2018)。)

 

 

 

また、加速のためには地面を押さないといけません。膝を伸ばす筋力も当然、ハムストリングと同様に身体を前に進めるアクセルとしての役割を果たします。膝を伸ばす筋肉が無ければ、どれだけアクセルを踏んでも地面に力が伝わることはありません。

 

一方で、アクセル筋と呼ばれたハムストリングは、前に振り出される下腿が吹っ飛んでいかないようにブレーキをかける役割も担います。

 

このように、「腿裏も腿前も、アクセル+ブレーキの両方の役割」を担っています。そして、「アクセル+ブレーキの両方の機能を発達させる」必要があります。

 

「腿前の筋肉はブレーキ筋だから必要ない」・・・なわけありません。

参考文献

・Emaほか(2018).Thigh and Psoas Major Muscularity and Its Relation to Running Mechanics in SprintersMedicine & Science in Sports & Exercise: 50(10) p 2085–2091.
・狩野豊, 高橋英幸, 森丘保典, 秋間広, 宮下憲, 久野譜也, & 勝田茂. (1997).スプリンターにおける内転筋群の形態的特性とスプリント能力の関係. 体育学研究, 41(5), 352-359.
・渡邉信晃, 榎本好孝, & 狩野豊. (1999). スプリンターの筋横断面積と疾走速度との関係における性差. 陸上競技研究, (39), 12-19.
・久野譜也, 金俊東, & 衣笠竜太. (2001). 体幹深部筋である大腰筋と疾走能力との関係 (特集 スポーツにおける体幹の働き). 体育の科学, 51(6), 428-432.
・Nuell, S., Illera-Domínguez, V. R., Carmona, G., Alomar, X., Padullés, J. M., Lloret, M., & Cadefau, J. A. (2019). Hypertrophic muscle changes and sprint performance enhancement during a sprint-based training macrocycle in national-level sprinters. European journal of sport science, 1-10.
・福田厚治, & 伊藤章. (2004). 最高疾走速度と接地期の身体重心の水平速度の減速・加速: 接地による減速を減らすことで最高疾走速度は高められるか. 体育学研究, 49(1), 29-39.
・Colyer, S. L., Nagahara, R., & Salo, A. I. (2018). Kinetic demands of sprinting shift across the acceleration phase: novel analysis of entire force waveforms. Scandinavian journal of medicine & science in sports, 28(7), 1784-1792.

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